本の蜜月

本のことを書きます。

風の海 迷宮の岸/小野不由美 いとけない少年は責務を果たせるか

(ぼくは人ではない)

麒麟であるということの確信。

(本当に、人ではなかったんだ……) 

 

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あらすじ・紹介

 十二の国からなるこちらの世界では、神獣・麒麟が天命を受けて王を選ぶ。十二国のひとつ、戴国の麒麟である戴麒は生まれる前に〈触〉という天災によって蓬莱(日本)へと流され、人の子として生まれ育った。十年を経て故国へ帰還したものの、自分が麒麟であるということが飲み込めず、こちらの世界のこともわからないことだらけ。麒麟らしい振る舞いができず戴麒は思い悩む。しかし、王たる者を選ぶ時が刻々と迫っていた。幼い麒麟は、我こそはと名乗りを上げる者たちから正しい王を選び出すことができるのか。

序章『魔性の子』の謎に迫る作品。十二国記のエピソード2。

 

感想など

今回は麒麟と王の選定にまつわるお話。人の子として育てられた戴麒が麒麟らしさを取り戻し、王を選ぶまでの奮闘が描かれる。登場人物に出来た人が多く、重くて辛かった前作に比べると全体的に穏やかで優しい雰囲気の物語になっている。

とにかく戴麒がかわいい。素直で一生懸命で、世話役の女仙と一緒に応援したくなる。戴麒は蓬莱では人の子と違っていたことから家族や周囲から疎まれ、自己肯定感が低くなってしまっていて、こちらにやってきてからも麒麟らしいことが何もできない自分を責めてしまう。ゆっくりのびのび育ててあげたいところだけれど、麒麟のお役目は待ってくれない。境遇に戸惑いながらもなんとか周囲の期待に応えようと頑張る姿が愛らしく切ない。

本作では麒麟というのがどんな生き物なのか、どのように育って巣立つのか詳しく描かれている。この先シリーズに出てくる麒麟たちも皆こうして生まれたのだ。前作でも登場した景国の麒麟・景麒と戴麒の交流は微笑ましく興味深かった。麒麟は慈悲深い生き物であり、景麒もちゃんと優しさを持っているのだけれど、やっぱり表現が下手すぎる。女仙は景麒を育てるときにもっと慈愛の表し方を教えておくべきだったのでは。ここで身に着け始めた優しさ表現が仇になるというのが皮肉でつらい。

戴麒は無事に麒麟としての能力を開花させ、物語はあたかも未来が開けたように幕を閉じる。彼らがここからいったいどんな国を作り上げていくのかと期待させる。しかしこの先待ち受ける未来が決して明るいばかりでないことは『魔性の子』を読めば明らかで、『月の影 影の海』でも示唆されている。戴国の物語はエピソード8『黄昏の岸 暁の天』、そして最新作『白銀の墟 玄の月』へと続く。