本の蜜月

本のことを書きます。

神様の罠/辻村深月ほか 人気作家6人のアンソロジー、コロナ禍を感じる作品も

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辻村深月乾くるみ、米村穂信、芦沢央、大山誠一郎有栖川有栖の6名のアンソロジー。文庫オリジナル。

 

総評

どれも2020年以降の新しい作品。それぞれ独立した物語であまり共通点はなく、内容やトリックも、読んでいるときの気分や読後感もバラエティ豊かだった。完成度の高い新作をまとめて読めるお得な一冊だと思う。コロナ禍を題材にした「投了図」と「2020年のロマンス詐欺」が今ならではの苦しさを描いていて印象に残った。とくに「投了図」のやりきれない切なさとほんのり感じる優しさが好き。

学生アリスシリーズの新作を目当てに読んで、期待通りに楽しめたが、コロナが登場する作品もあるなか急に平成元年に飛ぶのと、内容も平和な日常なので少し浮いているかも。

以下それぞれ簡単なあらすじと感想。

 

夫の余命/乾くるみ

美依と貴士は余命宣告を受けた後に結婚した。二人の過ごした日々を、美依の視点で現代から過去へ少しずつさかのぼって描いていく。しかしなにやら様子がおかしい……?

騙された。とりあえず余計なことを考えずに読んでみてほしい。上手いこと書かれていて、後からうわ~~となって読み返した。最後のオチは個人的にはちょっと拍子抜けだったかな。

 

崖の下/米澤穂信

雪山で遭難した4人のうち、2人が崖の下で発見された。1人は重傷、そしてもう1人は他殺体となって。状況からみて重傷の男が犯人と思われたが、凶器が見つからない。凶器は一体何で、どこへ行ってしまったのか?優秀だが部下からは好かれない刑事・葛が捜査する。

凶器の謎を扱った本格派ミステリー。淡々と思考を重ねていくストイックな仕事人っぷりがよい。葛の人物像も思考内容も飾り気なく、余計な情報が少なくて好感が持てる。この刑事の他の事件も読んでみたくなった。

 

投了図/芦沢央

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、地元で将棋のタイトル戦が開催される。しかし将棋ファンのはずの夫はどこか様子がおかしく、妻は不安を抱えていた。

コロナによって育てられた人の心の歪み、自粛自粛と我慢を強いる世の中の残酷さが上手く書かれている。作中の将棋のタイトル戦は今のオリンピックに重なるところがあり、考えさせられる。こんな風に胸の内に不満を溜め込み、発露させてしまう人がきっとたくさんいるのではないか。事件は切ないが、ラストに優しさが感じられてよかった。 

 

孤独な容疑者/大山誠一郎

妻を亡くして一人マンションで暮らす久保寺は、二十三年前に起こした殺人事件を思い出す。その頃警察ではその事件を再捜査する動きがあって……?

警察の二人は他作品のキャラクターかと思われる。23年前なぜ迷宮入りしてしまったのか、なぜ今その事件を再捜査するのか、いまいちしっくりこなかった。犯人も異常者路線でいくならもっと振り切ってほしかった。このトリックならもっと長編でじっくりのほうが良かったかも。

 

理研VSパズル研/有栖川有栖

 推理研の望月と織田は、飲み屋で行き会ったパズル研から問題を出され、推理研メンバーに相談する。メンバーたちが問題の解答と、さらにはその背景までどんどん推理を重ねていく。

学生アリスシリーズ待望の新作、これを目当てに本を買った。推理研の日常のひとコマで、時系列としては『双頭の悪魔』と『女王国の城』の間になるか。推察に推察を重ねて答えをつくり上げていく感じは「四分間では短すぎる」と似ていると思った。推理研の面々のいかにも大学生らしいわちゃわちゃした推理合戦がいつも通りに楽しく、真打・江神さんの鋭さも安定。パズル研はいけ好かないがパズル自体は面白かった。

 

2020年のロマンス詐欺/辻村深月

2020年、耀太は大学進学を機に山形から上京したものの、コロナのせいで大学は始まらず、定食屋を営む実家からの仕送りも半分に。SNSでやりとりをするだけという変わった仕事を始めたが、だんだんと雲行きが怪しくなっていく。

耀太の孤独とだんだん追い詰められていく様がリアルで、展開は読めるのにハラハラした。耀太がピュアで感情移入しやすく、早く警察行きなよ~~!とやきもきしながら読んだ。コロナ禍の学生たち、楽しいことみんな取り上げられた上に若者の行動が云々とか言われて可哀想すぎるなと思っていて、耀太みたいな子も本当にいそうに思える。最後少し報われたところがあり、読後感をよいものにしてくれた。この作品が締めで良かったと思う。