本の蜜月

本のことを書きます。

風の万里 黎明の空/小野不由美 苦難を抱えた少女たちの成長

「人間って、不幸の競争をしてしまうわね。本当は死んでしまった人が一番可哀想なのに、誰かを哀れむと負けたような気がしてしまうの。自分が一番可哀想だって思うのは、自分が一番幸せだって思うことと同じくらい気持ちいいことなのかもしれない。自分を哀れんで、他人を怨んで、本当に一番やらなきゃいけないことから逃げてしまう……」 

 

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あらすじ・紹介

十二国からなる世界で、三人の少女たちは苦難を抱えていた。景王となった陽子は、王としての役割を果たせず、女王であるために臣下の信を得られずに思い悩む。百年前にこちらの世界へ流れ着いた海客の鈴は、仕える洞主に苦行を強いられ嘆く。先の峯王の娘である祥瓊は、父が弑されてから送られた里家で虐げられて憤る。三人はそれぞれ現状を打破すべく行動し、出会いをきっかけに成長していく。旅の末に、腐敗のはびこる慶国で彼女たちを待ち受けるものとは。

 

※注意※ 十二国記エピソード3までの内容にも触れています。未読の方はご注意ください。

 
感想など

苦境に置かれた少女たちがそれぞれ状況に立ち向かい、成長して前に進むお話。2で麒麟という生き物について、3で王に求められることと王と麒麟の関係を描き、満を持しての長編というところ。これまでは各巻で東側の1~数国が舞台だったのと比べてスケールが大きく、十二国世界の広さを感じた。

ストーリーはエピソード1『月の影 影の海』のその後から始まる。王となった陽子が見られて嬉しかったし、異世界からきた女の子が王になるというとんでもない状況からの苦労がしっかり描かれていて好感が持てた。初登場時から見ると本当にかっこよく立派になったし、慶国の今後が楽しみ。

鈴と祥瓊は辛い境遇で心を荒ませていて、旅に出た先で鈴は清秀と、祥瓊は楽俊と出会い、少しずつ変わっていく。私は特に鈴の弱さに共感した。海客である鈴は言葉の壁にぶつかり、それを解決してくれる仙という立場のために百年もの間、嫌がらせをしてくる洞主にかしずいて過ごす。鈴の心情には自分と似たものが感じられて、読みながらいやな気持ちになった。自分で行動せず誰かに助けてもらうことを空想したり、自分に優しくない意見に反発したり、自分を哀れむばかりに人の不幸を軽んじたり、そういう自己中心的な弱さを見せられる度に我が身を振り返ってしまう。清秀の言葉がすごく刺さった。

祥瓊に足りなかったと言われた立場ある者の振る舞いは、今後陽子にそのまま求められてくるものになる。天啓という正直よくわからないものによって突然自分や家族が王に選ばれて、上に立つ者としての行いを求められるってなかなか厳しいなと感じた。それも驍宗や尚隆のようなもとからそれなりの立場にあった者だけでなく、前の景王や陽子のように普通の女の子でも、祥瓊のように何も教えられなくても、正しい振る舞いができなければ恨まれる。当然といえば当然だけど残酷な世界だなあと思った。今回新しく王が何人か出てきたけれど、各国の王やその周辺の人々について想像が膨らむ。

特に好きなシーンは三人が城壁の上で話をするところ。というか、そこから先の終盤は全部好きだ。終盤のための長い積み重ねがどんどん繋がるクライマックスは、長編推理小説のような快感があった。彼女たちが今後どんな活躍をしていくのかとても楽しみ。