本の蜜月

本のことを書きます。

天国旅行/三浦しをん テーマは「心中」 死と生の希望と絶望

他人からすると「どうして」と思えるようなことで、ひとは死を選ぶときもある。苦しみはいつでも、相対的なものではない。 

 

f:id:longlongvacation:20210817172045j:plain
 

あらすじ・紹介

 ひとはどんなときに死を選ぶのだろう。「心中」をテーマに、さまざまな生と死の狭間を描いた7編。富士の樹海での奇妙な出会い、愛する人へしたためた遺言、死者が結んだ不思議な縁、愛する男と死に分かれた前世、憧れの人の苛烈な死、幽霊になってしまった恋人、一緒に死ねなかった家族の記憶。人々は絶望の淵で、そしてその先で何を思うのか。

 

感想など

死ぬことも生きることも、どちらもなにかとても激しいことに感じた。生きることは苛酷で苦しい。生から逃れようと死へ向かう道もまたつらく厳しい。それらを無駄に美化していないのが良かった。そんな生や死の道のりの向こうに、救いや希望が見えたり見えなかったりする、そんな短編集だった。どの話も違った良さや辛さがあるが、比較的爽やかな「初盆の客」、鮮烈な「炎」、いっとう重い「SINK」が印象に残った。

 

死ぬというのは大変なことだ。作中でも死にきれず未遂に終わったり、性欲で心中を思いとどまったり、一家心中から生き残ったりする。死ぬなんて大仕事をやり遂げるような意志や行動力があるならその力をもっと別のことに使えないものかと思ってしまうが、そううまくはいかないものだ。それができないから人は死ぬ。

「炎」の先輩は焼身自殺という衝撃的な死を遂げたが、その真実がどこにあったのかは主人公にも読者にもわからないままになってしまう。死にメッセージ性を持たせることはできてもそれをどう読み取るかは生者にゆだねられているし、もしもその解釈がゆがめられてしまっていても、本当はこう言いたかったんだと死者が注釈することはできない。生者たちの行動によって先輩の死は塗り替えられてしまった。はっきりしない物語の終わり方にもやもやしつつも、死ぬっていうのはそういうことだよな、ミステリみたいに真実が判明したりしないことばっかりだよなと納得した。「SINK」ではそのあいまいさが小さな救いになる。生者の思いによって、死は如何様にも変わる。

「君は夜」の理紗のこと。理紗は上司の根岸と不倫をしているのだが、私にしては珍しく同情的に見ることができた。浮気・不倫となるとどんな背景があっても嫌いになってしまうことが多いけれど、前世に囚われてしまったことが不憫すぎたせいかもしれない。前世のことさえなければこんなクズ野郎にひっかかることもなかっただろうに、とさすがに可哀想になった。

「星くずドライブ」はこのあとどうなってしまうのか一番気になった。二人がこの先幸せになれる気がしない。もし自分が遺された側なら開き直って見えないものを見ている狂人として生きていくかもしれないが、死んでしまった側なら相手のもとを去ると思う。長編で二人の関係の結末まで見てみたかった。