本の蜜月

本のことを書きます。

東の海神 西の滄海/小野不由美 大国を築き上げる二人のはじまり

―—分かってしまった、と六太は眼を閉じる。

これが、王だ。

この男が雁州国を滅ぼし尽くす王なのだ。 

 

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あらすじ・紹介

日本で生まれた小松尚隆が延麒六太と誓約を交わし、雁国の新しい王となった頃、国はこれ以上ないほどに荒廃していた。その登極から二十年、国土はようやく復興の兆しを見せているが、六太は未だ尚隆に信頼を寄せきれずにいた。そんな折、六太はかつて一度だけ出会った妖魔に育てられた少年・更夜と再会する。彼と共に街へ下りた六太は捕えられ、元州へと連れ去られてしまう。拉致した者は麒麟を盾に王へ要求を突きつける。一蓮托生の麒麟を奪われた尚隆はどう立ち向かうのか。そして尚隆と六太の関係はどうなるのか。

統治五百年の大国を築き上げる二人の、はじまりの物語。

 

※注意※十二国記エピソード2までの内容にも触れています。未読の方はご注意ください。

 

感想など

 今回の舞台は雁(えん)、延麒六太と延王尚隆の統治初期に起こった事件と、蓬莱での二人の出会いを描く。彼らは前2作品では統治五百年の大先輩として登場し、陽子や戴麒を導いてくれた。息ぴったりで安定感抜群の二人はどのように始まったのか。

本作はとにかく尚隆がかっこいい!普段は昼行燈でここぞという時に本気を見せるキャラクターに弱いので、大変大変好みだった。特に終盤、斡由と対峙するあたりは王としての器の大きさを見せつけられてしびれるし、民への思いの強さに胸が熱くなった。ただ普段の昏君(のように見える)ぶりもなかなかのものなので、上に立つものに不信のある六太が本当に信頼するまで時間がかかったのも仕方ないと思う。臣下たちもさぞかし胃が痛いだろう。読者としてはそのギャップがよいのだけれど。

尚隆の民への思いは、一度民を失ったことでいっそう強くなっているのだと思う。だから六太が蓬莱で尚隆に会ったときにすぐに誓約せず、小松氏の滅亡を見届けさせたことは、結果的に彼をより良い王にしているとも言える。もし天帝がいるのなら、六太がそうやって迷うことまで見透かした上で尚隆を選んだのだろうか。国主になるべく産まれ育ち、民に報いたいという思いを持ちながら一度は民を失った男。同じ胎果の王でも、陽子と比べると尚隆はわかりやすく王向きだなあと思う。尚隆や前作の驍宗のようにいかにも人の上に立ちそうな者が王に選ばれることもあれば、陽子のような普通の女の子が選ばれることもある。短命に終わる昏君もいる。天の方針はよくわからない。

斡由のこと。終盤の斡由は軽くホラーだった。妖魔に臆せず子供を拾いきちんと育て上げるくらいにはできた人物だったはずなのに。それとも、更夜を拾ったのも「良い人な自分」を演出するために過ぎなかったのだろうか。というより、そう計算している自覚もなく計算していたのだろうか。更夜がこの先幸せになってくれることを願う。

斡由ほど強烈ではなくとも、自分を良く見せたいとか、悪い部分を無かったことにしたいという気持ちは誰しも持っているものだと思う。私はこんな化け物になっていないだろうか、と我が身を振り返らずにはいられなかった。