本の蜜月

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ヒトごろし/京極夏彦 人を殺したい、異端の土方歳三小説

歳三の眼の中で、夜空に噴き上がる火の粉が青空に散じる血飛沫に変じた。

姉と見た。

初めて人が死ぬのを見た、あの日からずっと——。

――俺は人殺しだ。

 

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あらすじ・紹介

 幼き日に見た、青空に上がる真っ赤な血柱。その光景に魅せられて、土方歳三は人を殺したいと強く思うようになった。武士になれば刀を持てる、人を殺せる。ただ一つの目的のために冷静な眼で状況を見通し、人を動かし、組織を作り上げる。佐幕だの攘夷だのに興味はなく、同志を同志とも思わない。浪士組として上洛し、芹澤暗殺、池田屋事件、隊内での粛清の嵐、そして戊辰戦争へ……。文字通り血塗られた道を行く土方歳三の一生を描く。

 
感想など

かなり上級者向けな土方歳三小説。ただひたすら人を殺すことだけを追い求める人外(にんがい)・土方歳三の生涯をたどる。単行本1000ページ超え、文庫で上下とも1000円越えの大作。分厚さがさすが京極夏彦!って感じだ。

この作品で描かれる土方は完全に狂人で、仲間想いの土方や士道を重んじる土方は全く存在しない。近藤勇は看板として担ぎ上げただけ、沖田総司は土方同様の人外でドブネズミ呼ばわり、その他の同志に対しても無能ばかりと蔑み、内心では殺し方を考えていたりする。かなり思い切ったキャラ付けの人物が多く、土方が色んな人を馬鹿だ無能だとボロクソ言うので、幕末に推しがいる人は注意が必要。

土方は自らを人外と自覚し外道な行いを繰り返すが、考えなしに殺しまわることはしない。どうすれば罪に問われずに相手を殺せるか策略を巡らし手を回して、計画通りに殺すのである。一貫した信念を持ち、物事を冷静に見て思考を積み重ね、機を見て大胆な行動に出る。最終的な目標はかなりずれているけれど、その動き方は私の中のかっこいい土方像とあまり矛盾していなかった。地元でくすぶっている頃は狂気を抱えた泥臭い無法者なのだが、刀を手に入れ上洛して以降は見事な立ち回りで、気づけばこんな土方もかっこいいなと思わされていた。土方びいきの欲目もあるかもしれないが。

こんなエキセントリックな人物設定なのに史実通りに事が進んでいくというのが面白く、この土方ならあの人物やあの事件はどう描かれるだろう、どんな最期を迎えるのだろうと楽しみに読み進められた。ある理由で土方につきまとう女性・涼(創作の人物)との奇妙な関係性もよかったと思う。

終盤は土方の狂気に時代が追いつき追い越してしまったように感じた。最期は圧巻の死に様、素敵でした。

 

長さの割にはスイスイと読めたが、長さを感じなかった!とまでは言えないくらい。 全編土方の一人称視点で進むのだが、ひとり語りが冗長に感じる部分もいくらかあった。また、章ごとに時間が飛んで合間の回想を挟むという進み方で、年号で整理もされないので、時系列が混乱しやすいように思う。幕末や新撰組が特に好きでもない人は年表片手の方がいいかもしれない。

 

 他作品とのつながり

創作の人物で涼の他に怪しげな僧侶がいるのだが、この僧侶の宗派がどうやら京極夏彦の『ヒトでなし 金剛界の章』に出てくるものらしい。『ヒトごろし』は『ヒトでなし』の前段的位置づけなんだとか。こちらは未読なのでそのうち読んでみたい。