本の蜜月

本のことを書きます。

迷路館の殺人/綾辻行人 閉ざされた迷路の館の連続殺人、その驚きの真相

反響する自分自身の靴音に追われるように、足早になる。南へ戻る直線の突き当たりでまた立ち止まり、耳を澄ます。——静寂。

どうしても、何者かが今この同じ迷路の中にいるような感覚が消えないのだった。自分が歩くとその者も歩き出す。自分が立ち止まるとその者も立ち止まる……。

 

 

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あらすじ・紹介

 夏風邪で寝込んでいた島田に一冊の本が届く。タイトルは『迷路館の殺人』、作者は鹿谷門実。実際に起きた殺人事件を基にした小説のようだ。島田は昨年起こったその事件を知っており、作者もよく知る人物だ。お手並み拝見とさっそく読み始める。

◇ ◇ ◇

編集者の宇多山は妻・桂子と共に丹後半島の迷路館へと向かう。その名の通り大きな迷路を備えた館には推理小説の大家である宮垣葉太郎が住んでおり、彼の還暦を祝う誕生日パーティーに招待されているのだ。道中、車の故障で立ち往生していた招待客の島田という男と出会い、同行する。彼は無類のミステリ好きで、迷路館の建築家にも興味があるという。館には宇多山夫妻と島田の他にも、評論家の鮫島、宮垣の弟子である四人の推理作家が招かれていた。しかし全員が揃い、定刻を過ぎても宮垣は姿を見せない。訝しむ客たちに、秘書の井関から驚愕の事実が告げられる。

宮垣の命により、閉ざされた館で莫大な遺産を賭けた競作に挑むこととなった作家たち。その裏では恐ろしい惨劇が幕を開けようとしていた。

 

この本の思い出

この『迷路館の殺人』は、記憶にある限り私が初めて読んだ大人向け小説だ。図書館の児童書コーナーでシャーロックホームズシリーズや赤川次郎なんかのミステリーをたくさん読んでいた頃だった。いつものようにジュブナイルを抱えてカウンターに向かい、すぐ横の返却カートに置かれていたこの本を見つけた。「殺人」ってあるから、これもミステリーだ!とよく考えずに一緒に借りた。当時の詳細な感想は残念ながら覚えていないけれど、児童書に慣れていたところに古い文庫だったから随分字が小さく感じた記憶がある。あと「言う」を「云う」って書くのかっこいい!と思った気がする。ともあれこれが気に入って他の館シリーズも読み、そこから大人向けの棚にも出向くようになった。私の読書遍歴の大事な一冊。

 

感想など

とにかく館のインパクトが大きい作品。平面図のど真ん中が大きな迷路で、どこからどこへ行くにも迷路をくねくねと辿っていかなければならない。こんな家あってたまるか!という気持ちと、でもあったら面白そうだなという気持ちがある。住むのは絶対いやだけど、似たような館があったり再現されたりしたらぜひ行ってみたい。

この迷路がもちろん重要なポイントになっていて、平面図の時点ですでにあちこちトリックの種が蒔かれている。なんども平面図のページを見返してなるほどなるほどとなった。十角館や水車館のときより「迷路ならでは」という感じがあってよかったと思う。そしてシリーズも3作目になり、そろそろ中村青司らしさ、島田潔らしさもはっきりしてくる。

作中作の構造も面白い。綾辻行人が書いた『迷路館の殺人』の中に、鹿谷門実が書いた『迷路館の殺人』が丸ごと入った形になっていて、扉や奥付もちゃんとある。こういう変わった作りこみは大好きなのだが、感想を見ているとあとがきや奥付に混乱する人もいるようだ。作中作の中に登場人物が書いた小説が出てきたりもして、つまり作中作中作ということになる。楽しい。

二重になった謎が終盤怒涛の勢いで解決してくる。内容が詰まっている割に長くなく読みやすいが、事件が忙しない感じがするのでもっとページを割いてもいい作品かもしれないと思った。