本の蜜月

本のことを書きます。

人形館の殺人/綾辻行人 館シリーズ、異色の4作目

ふとまた、痺れるような感覚とともに、私は奇妙な失調感に引かれ……

                             ……赤い空

                     …………黒い、二つの

                …………長く伸びた……

         …………………………影が       

 

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あらすじ・紹介

長い療養が明けた飛龍想一は育ての母・沙和子とともに、父の遺した京都の館へと移り住む。屋敷は二人が暮らす和風の母屋と、アパートとして貸し出している洋館からなり、屋敷のあちこちには芸術家だった父・高洋の作った体の一部が欠けたマネキン人形が飾られている。アトリエに籠ってばかりの静かな暮らしを送っていた想一は、何者かの悪意が向けられていることに気づく。その悪意はどうやら想一の過去に関係しているようなのだが、記憶が判然としない。エスカレートしていく悪意に想一は追い詰められていく。

 

感想など

えっ、こんなのってありなの?と初めて読んだとき困惑した。そういう一風変わった作品である。館シリーズ4作目にして、シリーズであることがミスリードになってくる異色作。作者自身があとがきで「いびつな」作品と言っているが、まだミステリー観の定まらない頃にこの作品を読んだのはなかなかいい経験だった。個人的にはシリーズにひとつくらいこういう作品があってもいいと思うし嫌いじゃない。前三作を読んでいることが前提だが、前三作のようなものを期待して読むと肩透かしになるかもしれない。でもシリーズを読んでいる人にこそ読んでほしい、そんな作品。

語り手の想一が暗くて内向的で、精神のゆらぎやおぼつかない記憶といった不安定な内面描写がたっぷり、全体にどんよりした曇り空のような雰囲気。いわゆるクローズドものではなくオープンなはずなのだが、行動範囲が狭いことと内に閉じこもる性格のために精神的なクローズドっぽさがある。想一のじめじめ思考は同じくじめじめ思考の者としてけっこう共感できてしまって、これに共感できていいのだろうか……と考えてしまった。