本の蜜月

本のことを書きます。

水車館の殺人/綾辻行人 ゴシック風な嵐の館の王道ミステリ

ごとん、ごとん……

重く響く回転音が、水煙とともにそれを巻き上げ、掬い上げた。 

 

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あらすじ・紹介

 岡山県の山奥に建つ、三連水車を備えた古城のような館・水車館。車椅子の当主、藤沼紀一は仮面で顔を隠し、幼妻や僅かな使用人たちとひっそり暮らしている。先代当主だった藤沼一成は”幻想画家”として有名で、館には数多くの作品が遺されている。その絵を見るために1年に一度、四人の男たちが訪ねてくる。

1年前の集まりでは、嵐の中惨劇が起こった。家政婦の根岸が事故死、滞在していた紀一の友人である正木が殺され、四人の客の一人である古川が行方不明になってしまったのだ。古川が絵を盗み正木を殺して逃げたのだとされているが、彼は密室状況から消失しており、現在も行方が知れない。

残った三人の男たちに加え、今年は島田という奇妙な男がやってきた。古川の友人である彼は、昨年の事件と水車館そのものに興味を持ち、「本当のことが知りたい」と言う。

事件の起こった過去と検討を進める現在が平行して描かれる。前作『十角館の殺人』にも登場した島田潔が探偵役を務め、過去と現在の謎を解き明かす。

 

感想など

山奥の古城のような館、仮面を被った主人、幽囚の美少女、無口な執事、怪しげな客人たちと招かれざる客、そして嵐の夜に起こる殺人事件。ゴシック的な「いかにも」という要素が詰め込まれた、王道の嵐の山荘もの。この不穏な雰囲気はミステリーの醍醐味だ。

前作のような一行の驚きはないものの、あちこちに散りばめられた伏線が中盤終盤で見事に回収され、充分おもしろい。「仮面」に「焼死体」と、ミステリーをよく読む人なら大体トリックの見当がつきそうだが、一筋縄ではいかないので細部まで正解するのは難しそう。

1年前に大変な事件があったのによく今年も参加しようと思ったな……とか考えてしまうが、それだけ藤沼一成の絵に魅力があるということなのだろう。美術研究家の語る「自分だけが作品の真の理解者」というような感覚、覚えのある方も多いのではないだろうか。ラストに明かされる『幻影群像』の正体にはゾッとした。綿密な推理ものの中にオカルト的要素を差し込んでくるところは綾辻行人らしさだと思う。水車館がデビュー2作目なので、この頃からそういう傾向があったと言うべきか。

十角館からの続投、島田潔。前回はただ好奇心旺盛なおじさんみたいな役だったが、今回はしっかり「探偵役」になっていた。重々しい雰囲気の中で1人飄々と明るく振る舞い、好き勝手にずけずけ喋り、最後は皆の前で推理を披露する。全然悪気が無さそうで憎めないのがよい。真実を白日の下に晒したいわけではなく、ただ「本当のことを知りたい」というスタンスは、犯人たちにとってはさぞかし嫌な性格だろう。もともとシリーズキャラクターの予定では無かったらしく、シリーズが進むにつれてキャラ付けが増えていって面白い人である。

水車館は前作に出てきた十角館と同じく中村青司が設計した館で、十角館よりもかなり大きく見取り図も複雑。館シリーズでは毎回風変わりな館が出てくるのだが、序盤に挿入される見取り図がヘンテコであればあるほどわくわくしてしまう。次の迷路館はその点素晴らしいので読み返すのが楽しみだ。