本の蜜月

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十角館の殺人/綾辻行人 一行の驚き、館シリーズのはじまり

何も知らずに、彼らはやって来る。何の疑いも恐れも抱かずに、自分たちを捕え裁く、その十角形の罠の中へ……。

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あらすじ・紹介

K**大学推理小説研究会のメンバー7人が、十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を訪れる。事件のあった曰くつきの無人島で、春休みの一週間を過ごそうというのだ。半年前に起こった事件で、角島に住んでいた風変わりな建築家・中村青司は焼死、その妻と使用人夫妻も殺され、庭師が行方不明になっていた。絶好のロケーションでの楽しい時間もつかの間、学生たちは一人また一人と殺されてゆく。犯人は自分たちの中にいるのか、それとも……?

一方その頃本土では元推理研の江南に一通の手紙が届いていた。「お前たちが殺した千織は私の娘だった」という文面に、差出人は死んだはずの中村青司。江南は千織の叔父・紅次郎の家を訪ね、そこで知り合った島田という風変わりな男と共に調査に乗り出す。

 

私の大人向け小説への入り口になった「館シリーズ」の1作目。作者のデビュー作であり、新本格ミステリの旗揚げとも言われている有名な作品。

 

感想など

クローズドものって言ったらこういうのだよね、という安心感がある。逃げられない閉鎖空間、犯人探しの疑心暗鬼、殺されるかもしれない恐怖、そして明かされる驚きの真実。そうそうこれこれ。本作が出た頃は社会派ミステリが主流で本格モノはあまり書かれなかったと聞くので、ここから新本格ブームが起こってくれて良かったなあと思う。私はやっぱり本格が好き。

本編は惨劇の起こる「島」パートと、江南たちが調査をする「本土」パートが交互に描かれる。終幕近くに真相が明かされるあの一行は何度読んでもやっぱりすごいなと思う。もし未読でネタバレも踏んでいないという方は、ぜひぜひ読んでみてほしい。シリーズキャラクターとなる島田潔は、本作ではまだただの好奇心旺盛なおじさんといった感じ。

刊行が1987年なので、今読むとかなり時代を感じるところがある。例えば喫煙率の高さや、炊事が女性の仕事なこと。7人もいて料理や片づけをやるのが女性2人だけなんて、今だったら考えられない。けれど作品の面白さはそういう古さで損なわれなくて、むしろ時代感も含めて楽しめるかなと思う。

私は大学に入るより前に本作や有栖川有栖の「学生アリスシリーズ」を愛読していたので、学生になってサークルで合宿や旅行に行くとき妙にわくわくしていた。幸い事件に遭遇することはなかったけれど、こういう無茶な旅行を計画したり、妙なあだ名で呼びあったりする若気の至りはかなりわかるようになった。

 

漫画版『十角館の殺人

なんと漫画版が連載中。既読の方なら誰もが「あれをいったいどうやって漫画にするんだ???」と思うはず。うまいことやっているのだ。

江南くんがかわいい女の子になっていたり、過去に起きた事故の内容が違ったり、時代が2018年だったり、いろいろと変更点はあるものの全体としては原作の台詞回しや表現がかなりそのまま使われている。気になるけど長い小説はちょっと……という人におすすめしたい。

島田さんがかなり胡散臭いおじさんで、美少女な江南くんと良い組み合わせになっている。おじさんと少女のバディが好きな人にもいいかも。

学生たちはひとりひとりがしっかり掘り下げられていて、みんな個性的で魅力的。死んでしまうのが惜しくなってしまう。漫画版の彼らはどんな終わりを迎えるのか楽しみだ。

 

 次は水車館の殺人