本の蜜月

本のことを書きます。

予言の島/澤村伊智 再読必至のホラーミステリー

変だ、おかしいとわかってても切り捨てられない言葉。 振り払いたいのに振り払えない、目に見えない力。それが呪いよ。

 

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あらすじ・紹介

瀬戸内海の霧久井島は、かつて一世を風靡した霊能者・宇津木幽子が、二十年後に《霊魂六つが冥府へ堕つる》という予言を残した場所だった。少年時代に宇津木のファンだった天宮淳はもうすぐその予言の日がやって来ることを知り、二人の幼馴染たちと霧久井島へ慰安旅行に出かけることにした。ところが島に着いてみると「ヒキタの怨霊が下りてくる」という不可解な理由で旅館の予約がキャンセルされていた。翌朝、滞在客の一人が遺体で発見され、島民たちは様子は明らかにおかしい。一体この島で何が起こっているのだろうか?

 

感想など

 文庫帯の「再読率200%」「初読はミステリ、二度目はホラー。」というキャッチコピーと、表紙のイラストに惹かれて購入した。

予言、霊視、土着信仰といったオカルト要素を論理的に解き明かしていく展開で、ホラーっぽい演出が多いけどミステリだなーと思って読んだ。一周目は。最終盤で明らかになる”あること”によってこれまで見てきたものが一変し、急にホラーの様相を呈してくる。これは確かに再読したくなるし二度目はホラーだわと納得。ただ、コピーを見て期待していたのとはちょっと違う方向性のホラーだったことと、以前同じトリックの作品を読んでいてそちらのほうが納得のいくものだったので、すっきり満点!とはならなかった。とはいえしっかり二周読ませてもらった。

一周目でこの描写ちょっとおかしいなとか、変な書き方だなとか思うことがちょくちょくあって、澤村伊智さんを読むのは初めてだしこういう文体の方なんだろうかと思っていたら、二周目になってあれもこれも伏線だったのかとわかった。二周かけて伏線を回収する作品なのだ。むしろ多少の違和感を覚えつつ何も知らずに一周できるように計算して書かれているのがすごいと思う。

物語の謎を知ってしまうと、もう知らなかった時のようには読めない。ちょうど表紙のイラストの見え方と似ていて、センスがいいなぁと思った。

舞台は2017年8月で、過去の実在する事件やオカルト関係の人名などが登場している。フィクションに実際の事件、それも自分がリアルタイムでニュースを見ていた事件が出てくるというのは少し不思議な感覚がある。因習や土俗の話では横溝・京極・三津田の名前が挙がっていて、横溝・京極は割と好んで読むので、三津田作品も読んでみようかなと思った。田舎のおどろおどろしさが描かれる作品にはやっぱり独特の良さがあると思う。

 

水車館の殺人/綾辻行人 ゴシック風な嵐の館の王道ミステリ

ごとん、ごとん……

重く響く回転音が、水煙とともにそれを巻き上げ、掬い上げた。 

 

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あらすじ・紹介

 岡山県の山奥に建つ、三連水車を備えた古城のような館・水車館。車椅子の当主、藤沼紀一は仮面で顔を隠し、幼妻や僅かな使用人たちとひっそり暮らしている。先代当主だった藤沼一成は”幻想画家”として有名で、館には数多くの作品が遺されている。その絵を見るために1年に一度、四人の男たちが訪ねてくる。

1年前の集まりでは、嵐の中惨劇が起こった。家政婦の根岸が事故死、滞在していた紀一の友人である正木が殺され、四人の客の一人である古川が行方不明になってしまったのだ。古川が絵を盗み正木を殺して逃げたのだとされているが、彼は密室状況から消失しており、現在も行方が知れない。

残った三人の男たちに加え、今年は島田という奇妙な男がやってきた。古川の友人である彼は、昨年の事件と水車館そのものに興味を持ち、「本当のことが知りたい」と言う。

事件の起こった過去と検討を進める現在が平行して描かれる。前作『十角館の殺人』にも登場した島田潔が探偵役を務め、過去と現在の謎を解き明かす。

 

感想など

山奥の古城のような館、仮面を被った主人、幽囚の美少女、無口な執事、怪しげな客人たちと招かれざる客、そして嵐の夜に起こる殺人事件。ゴシック的な「いかにも」という要素が詰め込まれた、王道の嵐の山荘もの。この不穏な雰囲気はミステリーの醍醐味だ。

前作のような一行の驚きはないものの、あちこちに散りばめられた伏線が中盤終盤で見事に回収され、充分おもしろい。「仮面」に「焼死体」と、ミステリーをよく読む人なら大体トリックの見当がつきそうだが、一筋縄ではいかないので細部まで正解するのは難しそう。

1年前に大変な事件があったのによく今年も参加しようと思ったな……とか考えてしまうが、それだけ藤沼一成の絵に魅力があるということなのだろう。美術研究家の語る「自分だけが作品の真の理解者」というような感覚、覚えのある方も多いのではないだろうか。ラストに明かされる『幻影群像』の正体にはゾッとした。綿密な推理ものの中にオカルト的要素を差し込んでくるところは綾辻行人らしさだと思う。水車館がデビュー2作目なので、この頃からそういう傾向があったと言うべきか。

十角館からの続投、島田潔。前回はただ好奇心旺盛なおじさんみたいな役だったが、今回はしっかり「探偵役」になっていた。重々しい雰囲気の中で1人飄々と明るく振る舞い、好き勝手にずけずけ喋り、最後は皆の前で推理を披露する。全然悪気が無さそうで憎めないのがよい。真実を白日の下に晒したいわけではなく、ただ「本当のことを知りたい」というスタンスは、犯人たちにとってはさぞかし嫌な性格だろう。もともとシリーズキャラクターの予定では無かったらしく、シリーズが進むにつれてキャラ付けが増えていって面白い人である。

水車館は前作に出てきた十角館と同じく中村青司が設計した館で、十角館よりもかなり大きく見取り図も複雑。館シリーズでは毎回風変わりな館が出てくるのだが、序盤に挿入される見取り図がヘンテコであればあるほどわくわくしてしまう。次の迷路館はその点素晴らしいので読み返すのが楽しみだ。

 

 

月の影 影の海/小野不由美 異世界の厳しい現実

——生き延びる。

生き延びて、必ず帰る。それだけが陽子に許された望みだった。 

 

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あらすじ・紹介

他人の目を気にしてばかりいる平凡な女子高生・陽子のもとに突然ケイキと名乗る男が現れる。彼は陽子を主と呼び、跪く。同時に現れた異形の獣たちからわけもわからず逃げるうちに、海の月を通り抜け、異世界へとたどり着いていた。男とはぐれてしまった陽子に次々と苦難が降りかかる。人に獣に襲われ何度も希望に裏切られ、心を荒ませながら、ただひたすら必死に生きる。なぜこの世界に連れてこられたのか、帰ることはできるのか、そして自分は一体何者なのか。生き延びた先で途轍もない運命が明らかになる。

大作ファンタジー十二国記」の本編1作目。異世界に連れてこられてしまった陽子の成長物語であり、壮大な物語の導入でもある。

 

感想など

前半はひたすらつらい。陽子は右も左もわからず翻弄され、身も心もボロボロになっていく。これはしんどいなぁ、と思い始めてから更なるどん底が何度も更新されていくので、もうやめて……という気持ちになってくる。これから読む人はどうか頑張って下巻までたどり着いてほしい。

徹底的に辛さを描くので、陽子の心の変化や成長に説得力がある。他人の顔色ばかり窺っておどおどしていた陽子が、次第に自分の心に正直に、強かになっていく。物語の冒頭と終盤の陽子はまるで別人のよう。これからの陽子のためにはきっと必要な試練だったのだろう。

とは思うものの、読み返すたびにケイキお前もうちょっとうまくやれなかったんか……と思ってしまう。コミュニケーション力をつけよう。

 

十二国記は世界観の作りこみがえげつない。シリーズの入り口として、本作では陽子の目を通して次々に世界の情報が描かれる。例えば人々の衣服や家のつくりなどの文化、暮らしぶり、自然の景観や地理、土地や戸籍や役所のこと、国の成り立ち神話等々。新たな設定に次ぐ設定、知らない単語の嵐にあっという間に飲み込まれていく。初読では陽子と一緒に未知の世界に驚き、シリーズを読み通して戻ってくるとうんうんそうそうと頷きながら楽しめる。

 

序章『魔性の子

『月の影 影の海』は十二国記の”本編”1作目で、これとは別に序章となる作品『魔性の子』がある。

魔性の子』は『月の影 影の海』よりも先に出版されたホラー作品で、十二国記本編を読んでいるかどうかで物語の受け止め方が大きく変わってくる。もしもこれから十二国記を読んでみたいという人がいたら、ホラーが平気ならばぜひ『魔性の子』から読んでみてほしい。

 

bookhoneymoon.hateblo.jp

 

次は風の海 迷宮の岸

魔性の子/小野不由美 少年に付き纏う惨劇

人は、人であること自体がこんなに卑しい。

 

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あらすじ・紹介

 母校の男子高で教育実習を行うことになった広瀬は、自分の居場所はこの世界ではないような感傷を抱えている。広瀬が担当するクラスには、高里という孤立している不思議な生徒がいた。本人はごく大人しく真面目なのだが、彼をいじめたり不況を買うと死ぬ、高里は”祟る”と恐れられているのだ。広瀬は彼に自分と近しいものを感じ気に掛けていたが、実際に不可解な事故が起こり始める。どうやら高里が小さい頃に”神隠し”に遭ったことが原因のようなのだが……。彼は一体何者なのだろうか?

大作ファンタジー十二国記」の序章となるホラー作品。

 

感想など

正体不明の惨劇がどんどんエスカレートしていく。初めは不穏な空気が頬を撫でる程度だったのが、次第に強く乱暴な風になり、最後は暴走するジェットコースターに乗せられているような恐怖の嵐に巻き込まれる。

かつて一年間の”神隠し”に遭い、”祟る”と恐れられる高里。実際に彼のような存在が近くにいたら、私も遠巻きに見ていることしかできないと思う。広瀬は教育実習生、要するにただの大学生でしかないのにかなり頑張った。

広瀬の抱える、自分の居場所はここではないという思い。広瀬にとって高里は、そんな心を肯定してくれる存在だったのだろう。やっと見つけた”同類”だったからこそ、身を挺してでも守るし、縋りつかずにはいられないのだ。終盤のエゴをむき出しにした叫びには胸が痛くなった。彼のこの先の人生が報われたものであってほしいと思う。

 

 『魔性の子』と十二国記

魔性の子』は十二国記シリーズの序章であり、本編を読んでいるかどうかでかなり受け止め方が変わる。未読の人には純然たるホラー、既読の人にはファンタジーの外伝として読めるようになっている。十二国記の設定を知ってしまうともうただのホラーには戻れないので、ホラーが苦手でない方はぜひこちらから読んでみてほしい。逆にホラーが苦手だという方は、十二国記本編を通読してからだと怖さが大分軽減されるので、本編を先に読んでおくのが良いだろう。

魔性の子』との関係が強いものは、『風の海 迷宮の岸』が以前、『黄昏の岸 暁の天』が平行、最新作の『白銀の墟 玄の月』が以後のお話になっている。

十角館の殺人/綾辻行人 一行の驚き、館シリーズのはじまり

何も知らずに、彼らはやって来る。何の疑いも恐れも抱かずに、自分たちを捕え裁く、その十角形の罠の中へ……。

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あらすじ・紹介

K**大学推理小説研究会のメンバー7人が、十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を訪れる。事件のあった曰くつきの無人島で、春休みの一週間を過ごそうというのだ。半年前に起こった事件で、角島に住んでいた風変わりな建築家・中村青司は焼死、その妻と使用人夫妻も殺され、庭師が行方不明になっていた。絶好のロケーションでの楽しい時間もつかの間、学生たちは一人また一人と殺されてゆく。犯人は自分たちの中にいるのか、それとも……?

一方その頃本土では元推理研の江南に一通の手紙が届いていた。「お前たちが殺した千織は私の娘だった」という文面に、差出人は死んだはずの中村青司。江南は千織の叔父・紅次郎の家を訪ね、そこで知り合った島田という風変わりな男と共に調査に乗り出す。

 

私の大人向け小説への入り口になった「館シリーズ」の1作目。作者のデビュー作であり、新本格ミステリの旗揚げとも言われている有名な作品。

 

感想など

クローズドものって言ったらこういうのだよね、という安心感がある。逃げられない閉鎖空間、犯人探しの疑心暗鬼、殺されるかもしれない恐怖、そして明かされる驚きの真実。そうそうこれこれ。本作が出た頃は社会派ミステリが主流で本格モノはあまり書かれなかったと聞くので、ここから新本格ブームが起こってくれて良かったなあと思う。私はやっぱり本格が好き。

本編は惨劇の起こる「島」パートと、江南たちが調査をする「本土」パートが交互に描かれる。終幕近くに真相が明かされるあの一行は何度読んでもやっぱりすごいなと思う。もし未読でネタバレも踏んでいないという方は、ぜひぜひ読んでみてほしい。シリーズキャラクターとなる島田潔は、本作ではまだただの好奇心旺盛なおじさんといった感じ。

刊行が1987年なので、今読むとかなり時代を感じるところがある。例えば喫煙率の高さや、炊事が女性の仕事なこと。7人もいて料理や片づけをやるのが女性2人だけなんて、今だったら考えられない。けれど作品の面白さはそういう古さで損なわれなくて、むしろ時代感も含めて楽しめるかなと思う。

私は大学に入るより前に本作や有栖川有栖の「学生アリスシリーズ」を愛読していたので、学生になってサークルで合宿や旅行に行くとき妙にわくわくしていた。幸い事件に遭遇することはなかったけれど、こういう無茶な旅行を計画したり、妙なあだ名で呼びあったりする若気の至りはかなりわかるようになった。

 

漫画版『十角館の殺人

なんと漫画版が連載中。既読の方なら誰もが「あれをいったいどうやって漫画にするんだ???」と思うはず。うまいことやっているのだ。

江南くんがかわいい女の子になっていたり、過去に起きた事故の内容が違ったり、時代が2018年だったり、いろいろと変更点はあるものの全体としては原作の台詞回しや表現がかなりそのまま使われている。気になるけど長い小説はちょっと……という人におすすめしたい。

島田さんがかなり胡散臭いおじさんで、美少女な江南くんと良い組み合わせになっている。おじさんと少女のバディが好きな人にもいいかも。

学生たちはひとりひとりがしっかり掘り下げられていて、みんな個性的で魅力的。死んでしまうのが惜しくなってしまう。漫画版の彼らはどんな終わりを迎えるのか楽しみだ。

 

 次は水車館の殺人