本の蜜月

本のことを書きます。

さがしもの/角田光代 読書という楽しみ

そうして私は、薄暗いパブの片隅で気づく。

かわっているのは本ではなくて、私自身なのだと。 

 

f:id:longlongvacation:20210530144814j:plain

版元ドットコム
あらすじ・紹介

本にまつわる9つの物語を集めた短編集。

病床の祖母に1冊の本を探してほしいと頼まれた少女の日々を描く「さがしもの」、学生時代に売った本と奇跡的な再会を果たす「旅する本」、別れる恋人と共有した本を仕分けていく「彼と私の本棚」、初めてできた恋人に本を贈った思い出「初バレンタイン」など。旅や恋や、さまざまな日常、誰かの人生に本がそっと寄り添う。

『この本が、世界に存在することに』から改題。

 

感想など

読書好きには必ず読んでほしいし、そうでない人にも読んでほしい。読んでいると、本というもの、読書という営みがしみじみ愛しくなる。ひとつひとつのお話が10~30ページ程度と短く、内容も重たくなくすっきりした文体で読みやすい。とってもおすすめ。

初めて読んだ高校生の時から、時間が経って読み返すごとにどんどん好きになっていった。これからも度々読み返したいと思える本。

特に思い入れのある部分について、感想や思い入れポイントを書いてみる。

 

・旅する本

学生の頃に初めて売った古本に、海外旅行先で再会するというお話。『さがしもの』の一番初めに収録されている。

冒頭の引用はこのお話から。主人公は、再会して読み返すたびに本の内容が変化しているように思う。そしてそれは本が変わったのではなく、人生を過ごすうちに自分が変わっているからなのだと気づく。

初めてこの本を読んだ高校生の頃、「旅する本」の魅力はまだよくわからなかった。しかし大学生になってふと『さがしもの』を読み返してみたとき、自分も「旅する本」の主人公と似たような経験をしていることに気がついた。この小説ほど劇的な再会も極端な変化もないけれど、確かに本の内容が変わっているように感じたのだ。同じ本を読み返すことで自分自身の変化を観測する、という読書の新たな楽しみ方をこの作品から教わった。

 

・引き出しの奥

性に奔放な「すさんだ生活」をしている女子大生が、1冊の古本の噂から自分を見つめなおすお話。私の大切な記憶はなんだろう、書き留めたいような記憶をつくれるような生き方を、私はできているだろうか。そんなことを考えさせられる。しのちゃんより若い頃に読んで刺さり、気づけば塚田さんくらいの年になってしまった。

 

・ミツザワ書店

「だってあんた、開くだけでどこへでも連れてってくれるものなんか、本しかないだろう」

ミツザワ書店のおばあさんが、本のどこが面白いのかと孫娘に聞かれて答えた台詞。本を読む理由って突き詰めるとやっぱりこれで、小さい頃の私にとって本はまさに世界へ繋がる扉だった。

我が家の近くにもミツザワ書店のような小さな書店があったけれど、もう何年も前に無くなってしまった。このご時世、本屋も人もいつまでもあるわけではない。

 

・あとがきエッセイ 交際履歴

本との個人的な付き合いのことを恋愛に例え、「交際履歴」や「蜜月」を語る。私は読書が好きで、読書好きの読書話を聞くのも好きなので、あとがきもとっても楽しく読みごたえがあった。筆者のこの体験、私の場合は何歳くらいだな、あの本だな……などと考えていると、確かに読書遍歴を語ることと恋愛遍歴を語ることは似ているような気がしてくる。してみると、好きな本のことを語るのは恋バナや惚気ということになるのか。

私もこんな風に個人的な交際の話を形にしてみたいと思い、ブログタイトルを少しもらっている。