本の蜜月

本のことを書きます。

選ばなかった冒険ー光の石の伝説ー/岡田淳 戦うということ、自分の役割

「もどろう。」

あかりの声が、やけにひびいた。ついさっきまでは運動場の体育の声や教室のざわめきがきこえていたはずなのに、あたりは静まりかえっていた。

「はやく、もどろう。」

ささやき声でもういちどいった。いってから、なぜかぞくっとした。ふたりは、はじかれたように階段をかけのぼった。

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あらすじ・紹介

小学六年生の学とあかりは、保健室へ向かう途中で学校に似た別の世界へと入り込んでしまう。どうやらそこは、学が昨晩遊んでいたテレビゲーム〈光の石の伝説〉の世界らしい。二人はこちらの世界で眠るともとの世界で目覚め、もとの世界で眠るとまたこちらの世界にやってきてしまうようになる。記憶をもったまま完全にもとの世界に戻るには、光の石を手に入れなければならない。二人はこちらの世界で出会った人たちとともに戦いに身を投じることになる。

 

感想など

小学生の頃から読み続けた岡田淳作品の中でも、特に印象に残っているお話。戦いたくないけれど死にたくない、死なないために戦わなければいけないという葛藤、戦いへの備えや実際に戦うことの恐怖など、重いテーマが子供向けなりにきっちり描かれていてとてもドキドキした。 異世界での体験が現実世界での問題を浮かび上がらせ、絶妙にリンクしていくところが面白く、考えさせられる。最後のあっけないような余韻を残した終わり方もとても好きだ。「あのあとみんなはどうなっただろう」「自分ならどう決断しただろう」と何度も何度も想像して長く楽しんだ。

このお話では、主人公格の学やあかりがゲーム世界の主人公でないことがはっきりしていて、それがストーリーを面白くしていると思う。まず感情移入するであろう学たちはこの世界において脇役であり、その他にもたくさんのサブキャラクターが存在する。「役割」というのがひとつ重要なキーワードで、作中では地の文や会話で、主人公以外のキャラクターは何かの役割のためだけにいるのか?そんなのって酷いじゃないか、という主張が繰り返される。自分は主人公ではなく、はっきりした役割もなく、ではどうしたらいいのか。そんなことを考えながら進んでいくのだ。

わたしが一番感情移入し、自分を投影したのはフクロハリネズミたちだった。生きていくうえで主人公でいられることなんてほとんどない。それでも世界は続き、自分は生きている。そんな中でどう生きるべきなのかと考えさせてくれる名作だと思う。

 

天国旅行/三浦しをん テーマは「心中」 死と生の希望と絶望

他人からすると「どうして」と思えるようなことで、ひとは死を選ぶときもある。苦しみはいつでも、相対的なものではない。 

 

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あらすじ・紹介

 ひとはどんなときに死を選ぶのだろう。「心中」をテーマに、さまざまな生と死の狭間を描いた7編。富士の樹海での奇妙な出会い、愛する人へしたためた遺言、死者が結んだ不思議な縁、愛する男と死に分かれた前世、憧れの人の苛烈な死、幽霊になってしまった恋人、一緒に死ねなかった家族の記憶。人々は絶望の淵で、そしてその先で何を思うのか。

 

感想など

死ぬことも生きることも、どちらもなにかとても激しいことに感じた。生きることは苛酷で苦しい。生から逃れようと死へ向かう道もまたつらく厳しい。それらを無駄に美化していないのが良かった。そんな生や死の道のりの向こうに、救いや希望が見えたり見えなかったりする、そんな短編集だった。どの話も違った良さや辛さがあるが、比較的爽やかな「初盆の客」、鮮烈な「炎」、いっとう重い「SINK」が印象に残った。

 

死ぬというのは大変なことだ。作中でも死にきれず未遂に終わったり、性欲で心中を思いとどまったり、一家心中から生き残ったりする。死ぬなんて大仕事をやり遂げるような意志や行動力があるならその力をもっと別のことに使えないものかと思ってしまうが、そううまくはいかないものだ。それができないから人は死ぬ。

「炎」の先輩は焼身自殺という衝撃的な死を遂げたが、その真実がどこにあったのかは主人公にも読者にもわからないままになってしまう。死にメッセージ性を持たせることはできてもそれをどう読み取るかは生者にゆだねられているし、もしもその解釈がゆがめられてしまっていても、本当はこう言いたかったんだと死者が注釈することはできない。生者たちの行動によって先輩の死は塗り替えられてしまった。はっきりしない物語の終わり方にもやもやしつつも、死ぬっていうのはそういうことだよな、ミステリみたいに真実が判明したりしないことばっかりだよなと納得した。「SINK」ではそのあいまいさが小さな救いになる。生者の思いによって、死は如何様にも変わる。

「君は夜」の理紗のこと。理紗は上司の根岸と不倫をしているのだが、私にしては珍しく同情的に見ることができた。浮気・不倫となるとどんな背景があっても嫌いになってしまうことが多いけれど、前世に囚われてしまったことが不憫すぎたせいかもしれない。前世のことさえなければこんなクズ野郎にひっかかることもなかっただろうに、とさすがに可哀想になった。

「星くずドライブ」はこのあとどうなってしまうのか一番気になった。二人がこの先幸せになれる気がしない。もし自分が遺された側なら開き直って見えないものを見ている狂人として生きていくかもしれないが、死んでしまった側なら相手のもとを去ると思う。長編で二人の関係の結末まで見てみたかった。

 

人形館の殺人/綾辻行人 館シリーズ、異色の4作目

ふとまた、痺れるような感覚とともに、私は奇妙な失調感に引かれ……

                             ……赤い空

                     …………黒い、二つの

                …………長く伸びた……

         …………………………影が       

 

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あらすじ・紹介

長い療養が明けた飛龍想一は育ての母・沙和子とともに、父の遺した京都の館へと移り住む。屋敷は二人が暮らす和風の母屋と、アパートとして貸し出している洋館からなり、屋敷のあちこちには芸術家だった父・高洋の作った体の一部が欠けたマネキン人形が飾られている。アトリエに籠ってばかりの静かな暮らしを送っていた想一は、何者かの悪意が向けられていることに気づく。その悪意はどうやら想一の過去に関係しているようなのだが、記憶が判然としない。エスカレートしていく悪意に想一は追い詰められていく。

 

感想など

えっ、こんなのってありなの?と初めて読んだとき困惑した。そういう一風変わった作品である。館シリーズ4作目にして、シリーズであることがミスリードになってくる異色作。作者自身があとがきで「いびつな」作品と言っているが、まだミステリー観の定まらない頃にこの作品を読んだのはなかなかいい経験だった。個人的にはシリーズにひとつくらいこういう作品があってもいいと思うし嫌いじゃない。前三作を読んでいることが前提だが、前三作のようなものを期待して読むと肩透かしになるかもしれない。でもシリーズを読んでいる人にこそ読んでほしい、そんな作品。

語り手の想一が暗くて内向的で、精神のゆらぎやおぼつかない記憶といった不安定な内面描写がたっぷり、全体にどんよりした曇り空のような雰囲気。いわゆるクローズドものではなくオープンなはずなのだが、行動範囲が狭いことと内に閉じこもる性格のために精神的なクローズドっぽさがある。想一のじめじめ思考は同じくじめじめ思考の者としてけっこう共感できてしまって、これに共感できていいのだろうか……と考えてしまった。

 

東の海神 西の滄海/小野不由美 大国を築き上げる二人のはじまり

―—分かってしまった、と六太は眼を閉じる。

これが、王だ。

この男が雁州国を滅ぼし尽くす王なのだ。 

 

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あらすじ・紹介

日本で生まれた小松尚隆が延麒六太と誓約を交わし、雁国の新しい王となった頃、国はこれ以上ないほどに荒廃していた。その登極から二十年、国土はようやく復興の兆しを見せているが、六太は未だ尚隆に信頼を寄せきれずにいた。そんな折、六太はかつて一度だけ出会った妖魔に育てられた少年・更夜と再会する。彼と共に街へ下りた六太は捕えられ、元州へと連れ去られてしまう。拉致した者は麒麟を盾に王へ要求を突きつける。一蓮托生の麒麟を奪われた尚隆はどう立ち向かうのか。そして尚隆と六太の関係はどうなるのか。

統治五百年の大国を築き上げる二人の、はじまりの物語。

 

※注意※十二国記エピソード2までの内容にも触れています。未読の方はご注意ください。

 

感想など

 今回の舞台は雁(えん)、延麒六太と延王尚隆の統治初期に起こった事件と、蓬莱での二人の出会いを描く。彼らは前2作品では統治五百年の大先輩として登場し、陽子や戴麒を導いてくれた。息ぴったりで安定感抜群の二人はどのように始まったのか。

本作はとにかく尚隆がかっこいい!普段は昼行燈でここぞという時に本気を見せるキャラクターに弱いので、大変大変好みだった。特に終盤、斡由と対峙するあたりは王としての器の大きさを見せつけられてしびれるし、民への思いの強さに胸が熱くなった。ただ普段の昏君(のように見える)ぶりもなかなかのものなので、上に立つものに不信のある六太が本当に信頼するまで時間がかかったのも仕方ないと思う。臣下たちもさぞかし胃が痛いだろう。読者としてはそのギャップがよいのだけれど。

尚隆の民への思いは、一度民を失ったことでいっそう強くなっているのだと思う。だから六太が蓬莱で尚隆に会ったときにすぐに誓約せず、小松氏の滅亡を見届けさせたことは、結果的に彼をより良い王にしているとも言える。もし天帝がいるのなら、六太がそうやって迷うことまで見透かした上で尚隆を選んだのだろうか。国主になるべく産まれ育ち、民に報いたいという思いを持ちながら一度は民を失った男。同じ胎果の王でも、陽子と比べると尚隆はわかりやすく王向きだなあと思う。尚隆や前作の驍宗のようにいかにも人の上に立ちそうな者が王に選ばれることもあれば、陽子のような普通の女の子が選ばれることもある。短命に終わる昏君もいる。天の方針はよくわからない。

斡由のこと。終盤の斡由は軽くホラーだった。妖魔に臆せず子供を拾いきちんと育て上げるくらいにはできた人物だったはずなのに。それとも、更夜を拾ったのも「良い人な自分」を演出するために過ぎなかったのだろうか。というより、そう計算している自覚もなく計算していたのだろうか。更夜がこの先幸せになってくれることを願う。

斡由ほど強烈ではなくとも、自分を良く見せたいとか、悪い部分を無かったことにしたいという気持ちは誰しも持っているものだと思う。私はこんな化け物になっていないだろうか、と我が身を振り返らずにはいられなかった。

神様の罠/辻村深月ほか 人気作家6人のアンソロジー、コロナ禍を感じる作品も

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辻村深月乾くるみ、米村穂信、芦沢央、大山誠一郎有栖川有栖の6名のアンソロジー。文庫オリジナル。

 

総評

どれも2020年以降の新しい作品。それぞれ独立した物語であまり共通点はなく、内容やトリックも、読んでいるときの気分や読後感もバラエティ豊かだった。完成度の高い新作をまとめて読めるお得な一冊だと思う。コロナ禍を題材にした「投了図」と「2020年のロマンス詐欺」が今ならではの苦しさを描いていて印象に残った。とくに「投了図」のやりきれない切なさとほんのり感じる優しさが好き。

学生アリスシリーズの新作を目当てに読んで、期待通りに楽しめたが、コロナが登場する作品もあるなか急に平成元年に飛ぶのと、内容も平和な日常なので少し浮いているかも。

以下それぞれ簡単なあらすじと感想。

 

夫の余命/乾くるみ

美依と貴士は余命宣告を受けた後に結婚した。二人の過ごした日々を、美依の視点で現代から過去へ少しずつさかのぼって描いていく。しかしなにやら様子がおかしい……?

騙された。とりあえず余計なことを考えずに読んでみてほしい。上手いこと書かれていて、後からうわ~~となって読み返した。最後のオチは個人的にはちょっと拍子抜けだったかな。

 

崖の下/米澤穂信

雪山で遭難した4人のうち、2人が崖の下で発見された。1人は重傷、そしてもう1人は他殺体となって。状況からみて重傷の男が犯人と思われたが、凶器が見つからない。凶器は一体何で、どこへ行ってしまったのか?優秀だが部下からは好かれない刑事・葛が捜査する。

凶器の謎を扱った本格派ミステリー。淡々と思考を重ねていくストイックな仕事人っぷりがよい。葛の人物像も思考内容も飾り気なく、余計な情報が少なくて好感が持てる。この刑事の他の事件も読んでみたくなった。

 

投了図/芦沢央

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、地元で将棋のタイトル戦が開催される。しかし将棋ファンのはずの夫はどこか様子がおかしく、妻は不安を抱えていた。

コロナによって育てられた人の心の歪み、自粛自粛と我慢を強いる世の中の残酷さが上手く書かれている。作中の将棋のタイトル戦は今のオリンピックに重なるところがあり、考えさせられる。こんな風に胸の内に不満を溜め込み、発露させてしまう人がきっとたくさんいるのではないか。事件は切ないが、ラストに優しさが感じられてよかった。 

 

孤独な容疑者/大山誠一郎

妻を亡くして一人マンションで暮らす久保寺は、二十三年前に起こした殺人事件を思い出す。その頃警察ではその事件を再捜査する動きがあって……?

警察の二人は他作品のキャラクターかと思われる。23年前なぜ迷宮入りしてしまったのか、なぜ今その事件を再捜査するのか、いまいちしっくりこなかった。犯人も異常者路線でいくならもっと振り切ってほしかった。このトリックならもっと長編でじっくりのほうが良かったかも。

 

理研VSパズル研/有栖川有栖

 推理研の望月と織田は、飲み屋で行き会ったパズル研から問題を出され、推理研メンバーに相談する。メンバーたちが問題の解答と、さらにはその背景までどんどん推理を重ねていく。

学生アリスシリーズ待望の新作、これを目当てに本を買った。推理研の日常のひとコマで、時系列としては『双頭の悪魔』と『女王国の城』の間になるか。推察に推察を重ねて答えをつくり上げていく感じは「四分間では短すぎる」と似ていると思った。推理研の面々のいかにも大学生らしいわちゃわちゃした推理合戦がいつも通りに楽しく、真打・江神さんの鋭さも安定。パズル研はいけ好かないがパズル自体は面白かった。

 

2020年のロマンス詐欺/辻村深月

2020年、耀太は大学進学を機に山形から上京したものの、コロナのせいで大学は始まらず、定食屋を営む実家からの仕送りも半分に。SNSでやりとりをするだけという変わった仕事を始めたが、だんだんと雲行きが怪しくなっていく。

耀太の孤独とだんだん追い詰められていく様がリアルで、展開は読めるのにハラハラした。耀太がピュアで感情移入しやすく、早く警察行きなよ~~!とやきもきしながら読んだ。コロナ禍の学生たち、楽しいことみんな取り上げられた上に若者の行動が云々とか言われて可哀想すぎるなと思っていて、耀太みたいな子も本当にいそうに思える。最後少し報われたところがあり、読後感をよいものにしてくれた。この作品が締めで良かったと思う。